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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

初桜 (駆逐艦)

初桜(はつざくら)は日本海軍の駆逐艦。仮称5522号艦、橘型(改松型)駆逐艦の1艦として横須賀海軍工廠で建造された。 艦名は「その年初めて開いた桜の花、また、咲いてまもない桜の花」のこと。 竣工後、訓練部隊の第十一水雷戦隊(高間完少将・海軍兵学校41期)に編入され、特令あるまで待機を行うよう命じられ

คำที่เกี่ยวข้อง

桜 (桜型駆逐艦)

少佐:1914年8月1日 - 不詳 竹内正 少佐:不詳 - 1915年6月30日 荷村信夫 少佐:1915年6月30日 - 1915年12月13日 岩村兼言 少佐:1915年12月13日 - 1917年12月1日 佐藤六平 少佐:1917年12月1日 - 1918年12月1日 中島直熊 少佐:1918年12月1日

初月 (駆逐艦)

Ref.C14121196500『昭和17年度 帝国海軍戦時編制(内示案) 昭和16.9.12/ 昭和17年度戦時駆逐隊・潜水隊・水雷隊・掃海隊・驅潛隊・通信隊・航空隊編制予定表 昭和17年度警備隊・防備隊附属艦艇及防備機関編制予定表 昭和17年度戦時艦船飛行機搭載予定表/第1表〜第9表』。  Ref

初風 (駆逐艦)

炎、不知火、《朝潮型駆逐艦:霞、霰》)から編制されており、15駆・16駆・18駆が陽炎型を主力としていた。だが第18駆逐隊は第一水雷戦隊(司令官大森仙太郎少将:旗艦阿武隈)の指揮下に属して南雲機動部隊警戒隊となり、真珠湾攻撃に参加。16駆以下の二水戦各艦とは別行動であった。

桜 (松型駆逐艦)

月8日に横須賀を出港して瀬戸内海に向かう。潜水艦の襲撃を警戒し、初日は遠州灘沿岸沿いを経て伊勢湾で仮泊、二日目には大阪湾に入って瀬戸内海を西航する計画が立てられた。航海初日は平穏無事に伊勢湾に入って仮泊を行ったが、翌日早朝に出港して大王埼沖を通過して尾鷲沖のあたりから異様な光景が「桜」の目の前に広が

駆逐艦

独海軍のS90。船首楼を備えて航洋性を向上させた。 英海軍の「スウィフト」。飛躍的に大型化した。 旧独海軍のS-113。大口径砲を備えた。 1919年のヴェルサイユ条約締結ののち、ドイツが第1次大戦中に建造した大型駆逐艦であるS-113・V-116は、賠償艦として、それぞれフランスとイタリアに引き

ソヴェルシェーンヌイ (駆逐艦・初代)

миноносец)である。艦名は、「申し分のない、まったくの」といった意味のロシア語の形容詞である。 ソヴェルシェーンヌイは、7号計画によって建造される駆逐艦の1 隻として、1936年8月17日にニコラーエフの第200工場(現在の61コムナール記念造船工場)で起工された。工場番号では第1073艦、当初の名称は「豪胆な」という意味の

スウィフト (駆逐艦・初代)

6センチ砲(QF 12ポンド砲)よりも強力な40口径10.2センチ砲(BL 4インチ砲Mk.VIII)が採用された。船首楼甲板上に2門を並列に配置し、また後部甲板の中心線上にも2門を配置した。船首楼甲板の砲には、後に砲盾が装備された。 その後、1916年には仮想敵であるドイツ帝国海軍の大型水雷艇が12

初春型駆逐艦

初春型駆逐艦(はつはるがたくちくかん)は大日本帝国海軍(以下「海軍」)の一等駆逐艦 の艦級である。吹雪型(特型)駆逐艦の次の艦隊型駆逐艦として計画されたが、小排水量に過大な武装を盛り込んだ本型は復元性能や船体強度に問題を生じ、建造は6隻で中止された。 なお、建造途中で設計変更を行って竣工した有明と夕

ダッチェス (駆逐艦・初代)

020㎞もあり、ペナンまで15時間かかることから、長水田船長は船医の佐藤一郎医師を「ダッチェス」へ往診に行かせ、19時頃、患者を治療して「水戸丸」へ帰船。こうして腹痛に苦しんでいた乗組員は事無きを得たため、「水戸丸」は目的地であるハンブルクを目指して西へ、「ダッチェス」はペナンを目指して東へと向かっ

オタワ (駆逐艦・初代)

レーダーが搭載された。しかし、これは前方しか探査できないため艦自体を目標に向ける必要があった。11月23日、ドイツ潜水艦「U100」に沈められた穀物運搬船「Bussum」の生存者29名を救助した。 「オタワ」は1941年6月にカナダに戻り、大西洋中央部での船団援護に当たるカナダ海軍のNewfoundland

初春 (初春型駆逐艦)

初春(はつはる)は、日本海軍の初春型駆逐艦1番艦である。日本海軍の艦船名としては1907年(明治40年)竣工の神風型駆逐艦「初春」に続いて2隻目。日本の駆逐艦として初めて魚雷の次発装填装置を搭載した。1944年(昭和19年)11月、マニラ湾で米軍機の空襲を受け沈没した。

初霜 (初春型駆逐艦)

#S1911第17駆日誌(9)pp.37-38『旭部隊本部191310→初霜雪風冬月凉月/20日ノ儀礼ヲ左ノ通リ定ム|一.1330メクカメ(駆逐艦長)以上初霜ニ参集伺候訓示|二.1330司令官退艦将旗ヲ撤去ス(使用短艇防備隊内火艇)|三.服装第三種軍装短剣、畧授|四.初霜ハ司令官退艦時総員見送ノ位置ニ就ク』-『20133

D級駆逐艦 (初代)

装備面では、27ノッター型(A級)のものが踏襲された。水雷艇撃攘のための艦砲は駆逐艦の第一の武器とされており、主砲としては40口径7.6cm砲(QF 12ポンド砲)1基、副砲として40口径5.7cm砲(QF 6ポンド砲)5基が搭載された。主砲は艦首甲板直後のプラットフォームに搭載された。 また、水雷艇撃攘

H級駆逐艦 (初代)

0年度計画の艦では、更に30パーセントの建造費低減が図られた。これによって建造されたのが本級である。 E級以来の船首楼型が踏襲されているが、艦型の縮小を補って堪航性を確保するため、船首楼甲板の高さを増すとともに、艦橋を極力後方に移動した。しかしこの結果として、煙突の排煙が艦橋に深刻な影響を及ぼすよ

L級駆逐艦 (初代)

では全長を若干短縮するかわりに幅と吃水が増している。また船首楼の高さを増してフレアを大きく取ることで、凌波性の向上を図ったほか、減揺装置として、初めてフリューム式減揺タンクが装備された。 機関構成・出力はアカスタ級(K級)と同様で、ボイラーはヤーロウ式の重油専焼水管ボイラー4缶、主機はパーソンズ式直

I級駆逐艦 (初代)

タービン(2軸推進)、ソーニクロフト特型ではパーソンズ・タービン(3軸推進)と、いずれも従来通りの直結タービン方式であったが、パーソンズ特型では、初めて減速機を介したパーソンズ・セミ・ギヤード・タービンを採用した。これは、高圧タービンと巡航タービンに歯車減速機を付けて、推進軸と直結した低圧タービン

A級駆逐艦 (初代)

て近海での作戦は敏捷な水雷艇を重視するように切り替えたことを意味するように思われた。 この対策として、1880年代中盤より、イギリス海軍は、水雷艇を撃攘しつつ自らも敵艦に雷撃を敢行しうる高速・軽快な艦として、水雷艇捕獲艦(Torpedo boat catcher)や水雷砲艦(Torpedo

F級駆逐艦 (初代)

たことから、従来の駆逐艦と同様に、ホワイトヘッド魚雷のための18インチ魚雷発射管2基も搭載されている。1909年には、新型の熱走魚雷であるマークVII(雷速41ノットで駛走距離2,700 m)の運用にも対応した。また1918年9月には、この時点で就役していた艦を対象として、近距離での対水上戦に備え

B級駆逐艦 (初代)

艦では4軸推進が採用されており、両外軸に高圧タービン、両内軸に低圧タービンと後進タービンを結合した。また減速機を持たない直結タービンであるため、高回転下で効率的にタービン出力を推力に変換するため、各推進軸に3個ずつの推進器を備えた。また1908年度には、事故で沈没した30ノッター型(C級)2隻の代艦